よく詩を読むわけではないのですが、東京でのお勤めに疲れを感じていた頃、ああいいな、と感じた詩です。

子供時代に持っていた、自然の神秘を感じ取る力に、再び光を当ててくれた詩です。

日常に埋没するのは簡単です。私もよく埋もれてしまいます。

でも、そんな時でもすぐそばに自然の神秘が満ち満ちているんですよね。自分自身を含めて。

どちらの世界を選び取るかは自分次第です。

彫刻家でもある高村光太郎は、対象物の真実を見ることに取り組んでいたのでしょうね。

蜜柑1つから宇宙の響きを感じさせるような、美しい詩です。

 

「手紙に添へて」

どうして蜜柑は知らぬまに蜜柑なのでせう
どうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
中にかはいい部屋を揃へてゐるのでせう
どうして蜜柑は葡萄でなく
葡萄は蜜柑でないのでせう
世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場
あなたの足は未見の美を踏まずには歩けません
何にも生きる意味の無い時でさへ
この美はあなたを引きとめるでせう
たった一度何かを新しく見てください
あなたの心に美がのりうつると
あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます
どんなに切なく辛く悲しい日にも
この美はあなたの味方になります
仮りの身がしんじつの身に変ります
チルチルはダイヤモンドを廻します
あなたの内部のボタンをちよつと押して
もう一度その蜜柑をよく見て下さい

「高村光太郎詩集」伊藤信吉編 新潮社